シェイクスピアの故郷、ストラットフォード・アポン・エイボン Stratford Upon Avon

この家はシェイクスピアの奥さん、アン・ハサウエイの実家。ストラットフォード近くの村ショッテリーにある。
先週、ストラットフォードにシェイクスピアの生家を訪ねるツアーのガイドをしました。150km位ロンドンから北上します。シェイクスピア・ファンの聖地ともいうべき所です。私も彼のファンなので、何度行っても、この500年前のすごいイングランド中部のしたたか者のウイリアム・シェイクスピアに敬意を表して、謹んでガイドさせて頂くのです。
シェイクスピアが生まれたのは1564年で亡くなったのは1616年です。お父さんは手袋屋と羊毛取引でお金持ち。町のグラマー・スクールで学ぶが、お父さんが商売に失敗。そして18歳の時、26歳のアン・ハサウエイとの間に子供が出来て、若い結婚。長女の出産、20ヵ月後に双子が生まれ、21歳頃ロンドンへ上京。劇場で下働き、役者などをして、その内に台本を書くようになり、それが大成功。喜劇、悲劇、歴史劇、何でもござれ!頼まれたお客さんに喜こばれるように、劇を書くのですから売れっ子です。それに大学で使うようなややこしい言い回しなんてしない。でも、心に訴えかける言い回しが一杯。沢山のお金を持って、故郷のストラットフォードに33歳頃戻って、町で2番目に大きな家を買って終生暮らしました。

孫娘の家の前。この右にニュープレイスと呼ばれるシェイクスピアの家があった。この前のレストランでお昼食べたのでパチ!
ストラットフォードの町中には、彼の生家と娘の婚家(夫が医者だったので薬草園あり)、そして孫娘の婚家(実はこの隣に町で2番目に大きかった彼の家があったのですが、壊されて、今はきれいな庭となっている)が、又、ショッテリー村には妻の実家、ウイルムコット村には彼の母の実家が、シェイクスピア・バースプレイス・トラストにより買取られ一般公開されています。
このトラストは、一般の人びとの寄付と入場料で運営されていますが、彼の生家を1847年に買い取ったのを手始めに、その後5件に増えたわけです。チャールズ・デイッケンズも協力者で、生家が、肉屋やパブになったりして、売りに出たのを、シェイクスピアピアを尊敬する人びとが、力を合わせて買い取ってくれたお陰で、今も私達が、「この床をシェイクスピアも歩いたのですよ」とか、「このベンチで若いシェイクスピアは、8歳年上のアンにキスをしたかも・・」なんて話を聞いて、今までシェイクスピアって本当にいた人なのかしら?なんて思っていたのが、かなり現実的に、この16世紀を渡り歩いた、すごい人間を想像できるようになるのです。

ギルドの教会と、隣がシェイクスピアも行った学校。今も学校の一部として存在してるのが驚きです。
ストラットフォードには、劇場が3つあってシェークスピア劇を主に演じています。コッツウオルド地方も近くですし、ロンドンから1泊して、劇を楽しみ、街を楽しみ、田舎も楽しもうという人も多いです。街には黒い梁に白壁の、古い家が多く、500年前の佇まい。でも、車は多いけど・・・。今回、仕事に熱中してましたので、肝心の生家の写真撮れませんでした。











