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2008年08月02日

セーラー服    Sailor Chic

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私の小学校も中学校も、田舎なので制服がなかった。セーラー服を着た街の子供を羨ましく思ったものでしたが、高校で着なければならなくなって、やっと制服というものはきゅうくつな物で、好きな服を着ていけたのは良かったのだなと理解したのでした。それにしても、昨年夏に国立海事博物館 National Maritime Museum の「セーラー・シック」という展覧会で、あのセーラー服とヴィクトリア女王と関係があるのを知って楽しくなりました。上の勲章がいっぱいの服は1805年、トラファルガーの戦いで戦死したネルソン提督が着ていたもの。肩には弾の痕が見える。

イギリスが、昔、大英帝国と呼ばれたのも海軍の力が大きく、国民にとっても尊敬するものでした。その海軍のイメージは、忠誠、服従、勇気のシンボルですが、イメージとしては航海に伴うロマンチックな自由の精神や独立心、それから派生する反逆者のイメージまで内包していて、それらが現代に至るまでのファッションにおおいに影響を与えているのです。

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4歳の皇太子で後のエドワード7世。1846年に作られた実物と、ちゃんと絵が残ってるのがおもしろい。

さて、そんな海軍の服ですが、始めてファッションとしてデザインを応用したのがヴィクトリア女王です。
皇太子の為に、ロイヤル・ヨットの船員の制服を子供服にアレンジさせて作ったのですが、これが大流行となり、特に愛国的な面も刺激して、海軍のイメージを入れた男女子のデザインが次々生まれました。これの影響が、我が日本の学校制服まで来ているわけです。

紺色と白のコンビネーションは18世紀の王の愛人の好きなドレスから決められたそうです。海軍と言っても色々の階級とか行き先とかによって異なる服装になるのですが、特に戦後、余った軍隊の制服が街の店頭で安く売りさばかれていった時に、又おもしろく展開します。

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これはエレガントな女優ベッテイ・デービス。1935年撮影

北極へ行く船員はダッフル・コートと、とっくり襟のセーターを着ていたそうですが、フランスの芸術家、ジャン・コクトーが、これを着ていたところ、学生や芸術家の間で流行り、水兵の被るベレー坊は女性にはやり、ダブル・ブレストに金ボタンのブレザーや、コートが永遠のスタイルとなって世界中で着られているし、裾広がりで、前ボタンのズボンも、この夏私もバーゲンで買ったし、海軍ばかりではなく海賊ファッションとしてはビビアン・ウエストウッドも取り入れ、ゴルチェがいつも来ている横縞のシャツも、シャネルが海辺で着ていて、ピカソも愛用していたし、元々は漁師が着ていたのを海軍が取り入れたもので、毎年夏になるとこの姿の人を見ます。(私もそのひとり!)

ビートルズのサージェント・ペパーズ・ロンリー・クラブ・ハーツ・バンドの彼らの衣装も海兵隊軍曹みたいだし、1980年代のアダム・アーントも昔の海軍軍曹みたいな、ゆったりしたシャツに金ボタンがびっしりついたフロック・コートに化粧をして、ゴシック風のロマンチックな感じを出していましたね。

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昨年夏の展覧会ですぐに書きたかった話題でしたが、ひと夏越してしまいました。マリーン・ルックは色が紺と白で日本の藍染の布を想像させるし、特に麻や木綿という乾いた感じが涼しげなので、夏に特に恋しくなりますね。

2008年08月28日

ビビアン・ウエストウッド展  Vivienne Westwood The Exhibition at Museum Sheffield

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一昨日シェフィールドという北の街へ行きました。ここは一四世紀のチョーサーのカンタベリー物語にも出てくるナイフやフォーク、鋼鉄の産業都市として有名な所だったのですが、昨今は「イギリス一空気のきれいな街」というキャッチ・フレーズに変わり、長い間の産業はすっかり衰退し、ただの北部の一都市となってしまいました。

さて、駅に降り立つとビビアン・ウエストウッド展の大きな広告が目に入りびっくり。何とこのビビアン展はロンドン、ビクトリア・アンド・アルバート博物館で、2004年に催され大人気のものだったのですが、私は見ずじまいだったので、残念に思っていたのです。上の写真はナオミ・キャンベルがはいて転んだというもの。履いたら危ないがオブジェとしては美しいものです。

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パンクの女王になる前のかわいいビビアン。幼いころよりファッションに興味あり自分なりに工夫したものを着ていた。

さて、この展覧会はビビアンの1970年代からの創作活動を見せているのですが、おもしろいのは変化がめまぐるしい事で、さすが単なる「着るもの」ではなくアートなのだと納得させるものでした。まずは彼女の生い立ちですが1941年生まれで、母親は織工で、父親は靴職人の家の出、北部出身の典型的労働者階級です。美術学校へ行くも中途退学、工場で働いたりして結婚、離婚後、マルコム・マクラーレンと出会い、キングス・ロードで小さな中古レコード、古着など売りはじめ、それから服のデザインを始めたのですが、それがすごい!反抗心一杯でまさにパンクの心意気。

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こんなシャツとか、女王の唇に安全ピンを刺したパターンとか、靴のヒールの後ろから釘の尖った方が出ていたり、今では若者がよく来ている袖をきりとったままのTシャツとか、体制に反対のメッセージがこれでもか・・・と出ていておもしろい。

その後は対局になり、歴史を顧み、海賊や遊牧民のイメージからとか、美術館の絵画、鎧、16,7世紀に流行ったスリットや、家具や陶磁器の模様に至るまで、デザインのインスピレーションにしていて、下の写真のコルセットやスカートを膨らませる金具を使うファッションまで制作している。

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又、英国の紳士服のテーラーの技術を研究し、又英国らしい風合いのツイードや、タータン・チェックの柄を使ったりと、北の匂いも強く、シェフィールドで見るのは適しているなと感じました。しかし、パンクの反抗心はいくらエレガントなドレスになっても変わらず持ち続け、きちんとしたテーラー仕立てを想像すると、ぎょっとするような胸や腰の形がそのままのカットで、足の動きまではっきり出るようなスーツであったり、又何年か前には、女王から勲章を受け取った時のビビアンのドレスはふんわりとエレガントなロングドレスでしたが、何とシースルーで、下着をまったく着けずに女王の前に出て受勲したのを私は新鮮に思ったものでした。

ビデオで見ると、モデルに着せる時のバランスを考えるビビアンは生きた彫刻を作っているように見える程、細心に気を使っていました。彼女の作る服は、着て楽とか、動きやすい・・・とかいう実際的な満足の為ではなく、芸術作品で、形而上のものを具体化したもののようです。

ですから、ブテイックで見るより博物館で見る方がおもしろいように思えました。

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