メイン

Dulwich Picture Gallery アーカイブ

2007年02月04日

ダリッチ美術館

私はダリッチ・ギャラリーの日本人ハウスガイドです。小さいながら、17、18世紀にかけての絵画では有名な美術館です。1999年の改築工事の間は、東京、広島、福島、大阪、山梨、愛知で、展示いたしましたので、ご覧になった方も多いでしょう。緑いっぱいで、ここまで足を延ばせば、すっかりカントリー・サイド気分。是非、お越しください。

galleryinside.jpg
壁はピンク、絵もびっしりと掛けてあり、ヴィクトリア風です。ベンチも、ジョン・ソーンのデザインです。


絵所を栗焼く人に尋ねけり

これは,夏目漱石が明治34年の日記にしるしたダリッチ美術館訪問時の俳句です。ロンドン中心より約8キロ南西に位置し、Victoria駅より鉄道で11分、駅から徒歩15分位ですが、夏目漱石の同日の日記に書いてあるように「・・・此辺ニ至レバサスガノ英国モ風流閑雅ノ趣ナキニアラズ」と、今も変わらず静かな郊外にあります。ダリッチ美術館は英国最古の公共美術館で、ナショナル・ギャラリーよりも13年も早い1811年に創立されています。

ポーランド王立コレクション

美術館が始まったきっかけがとてもユニークなのです。1790年にポーランド王が、国の美術発展のためにと、ロンドンで活躍している2人組のアートデイラーのノエル・デザンファンとフランシス・ブルジョアーに絵画の買い付けを注文します。彼らはこの注文に5年もかけました。ところが、ポーランドは隣国に占領され、王は廃位、そして亡命へと追い込まれ、大量の絵が彼等の手に残ってしまいました。売却もままならず、デザンファンの死後、ブルジョアーに譲渡された絵画は遺言によりダリッチ・カレッジに寄付されました。遺言には、これらの絵画は一般の人が見れる美術館を建てそこに展示する事、美術館の設計は当時最も斬新なジョン・ソーンがする事、美術館内部には、6人の身寄りのない老女の為の住居を付属させる事、又、同じく内部に創立者としてこの2人組とデザンファンの妻の霊廟も作る事。この驚くべき指示に設計家のソーンは興奮し、ブルジョアーの死の翌日、早速ダリッチを訪れ、現地で構想を練り始めました。彼はこれを無料で設計しました。現在でも美術館のモデルとされ、ロスアンジェルスのゲッテイ・ミュージアムやナショナル・ギャラリーのセーンズベリー館に影響を見ることができます。特に天窓のつくりが独創的で、直射日光を柔らげ、絵を見やすくしています。現在6個の老女の為のアパートメントは隣接する旧ダリッチ・カレッジの建物に移転されておりますが、今だに最初の意志どうり慈善施設として活躍しています。又、3人の霊廟は美術館の中心にあり、ひっそりと死と再生を表現する空間を創出しています。これは今だに謎なのですが、4つの棺があり、ひとつは空なのです。ジヨン・ソーンが自分の為に作ったのかも知れません。

desenfan.jpg
このふたりが、ポーランドの王様から頼まれて絵を買い集め、その絵がこのギャラリーの元となっています。いねむり中がブルジョア、帽子被ってるのがデザンファン。


ダリッチ村

ダリッチの大部分は今もダリッチ・カレッジの土地です。1619年にシェークスピアと同時代の有名な役者、マネージャー、熊いじめ等の娯楽施設で多大な富を成したエドワード・アレインがダリッチの荘園を5千ポンドで買い、貧しい6人の姉妹、6人の兄弟、そして12人の学者の為にThe College of God's Gift(神から授けられた学校)を建設しました。彼は子供がおりませんでしたので、全ての財産をこの学校に残しました。今、この学校は、有名私立校として知られており、建物は美しい新ゴシックに、名前もダリッチ・カレッジと変わっていますが、最初はこうやって始まったのです。現在、美術館はカレッジから独立していますが、今も美術館の回廊から続くチャペルには、寛大なアレインと妻が眠っています。
美術館の周囲はダリッチ・ビレッジと呼ばれ、漱石も賞賛したすばらしい公園があります。パブやしゃれたカフェ、ちいさなお店等の集まる散策にぴったりの場所です。

コレクション

最初は約350枚の絵画でしたが、今は650枚位あります。18世紀の好みを反映してバロックのものが多く、集中的に楽しむ事ができます。
1600年代から1750年位までのヨーロッパ美術は実験的で、大胆で、異なる社会のクロスオーバー等から多様性が出てきた時代で、それらが万華鏡のように展示されているのです。例えば南では今だカソリックで、教会や金持ちの為の宗教画が多く、公共に見せる為の熱狂的、宗教的プロパガンダや、大きなサイズ等が特徴ですが、北では偶像崇拝をしないプロテスタントが台頭し、肖像画や、日常生活を題材にしたり、風景や静物を小さな額絵にして一般の人々に売りました。又、それら南と北が行ったり来たりで、混ざり合ったりもしたのです。
ローマは、永遠に芸術家にとってのヨーロッパ文化の基であり、すべての芸術家を魅了しました。オランダの画家は、イタリアの金色の光と過去の栄光の証である遺跡などを描いて自国に持ち帰り、Dutch-Italianate(イタリア的オランダ風景絵画)というひとつのジャンルを作りました。低地の、曇った天気の多いオランダを、青空や陽光、遺跡、切り立った山岳等、絶対にありえない事象を空想で取り入れ、その風景の中で、大変オランダ的な牛をのんびりはべらせたりしているのですが、北の人々の太陽へのあこがれ、古代文化への畏敬等が感じられます。

cuyp.jpg
アルバート・カイプ 「牛飼い達と牛」 1660 オランダ


フランスからローマに行ったプッサン Nicholas Poussin、クロード Claude Lorrainのふたりは、時には一緒にスケッチをしたりした友人ですが、風景を正確に観察し、古代社会が残した偉大な足跡である遺跡を尊敬をもって描き、クロードはそこに物語を挿入した風景画を描き、後の風景画の流行の発端を作りました。プッサンは古典彫刻、ラファエロやカラッチの絵等から絵画の構造を研究し、その後フランス芸術の本流となる新古典主義の基を作りました。

poussan.jpg
ニコラス・プッサン 「リアルドとアルミダ」 1628-30、ローマ


本国イタリアのレニ Guide Reni、フランドルのルーベンス Peter Paul Rubensの誇張された肉体は迫力を感じます。レンブラント Rembrandt Harmebsz van Rijnの3枚の肖像画は、画家が26才、39才、57才の時のもので、彼がいかに光と質感を描くのに情熱を傾けていたのかを異なる時代の光と陰、絵の具の厚さや筆のタッチの変化などから感じとることができます。

girlaatawindow.jpg
レンブラント 「窓辺の少女」 1645、オランダ
ギャリーで一番の人気娘で、よく貸し出しでいなくなってしまいます。


17世紀の英国は他の国よりも絵画においては遅れていました。しかし18世紀は有名な肖像画家が出ます。そのひとりのレノルズ Joshua Raynoldsの「悲劇のミューズに扮するシドンズ夫人 Mrs Sarah Siddons」は漱石も言及しています。「十八世紀は一面にクラシカルな世である。・・・所が今言ふ肖像画は決してクラシカルな題目ではない。レノルズは此中間に立って巧みに此の二者を調和して彼の画を時勢に応じる程のクラシカルなものにしたのである。」レノルズはモデルに古典的な衣装を着せ、物語や神話の登場人物のように肖像画を描く事で人気を博していました。同時に人気のあったゲーンズボロ Thomas Gainsborough の描いたリンリー家 Linley の人々は彼の友人家族でもあり、自然な、ゆったりした、暖かさのある肖像画で、現代に通じる感情のこもった絵です。

reynolds.jpg
ジョシュア・レノルズ 「悲劇のミューズを演じるシドンズ夫人」 1784頃


有名な画家としては上記のほかに、バン・ダイク Van Dyck、ムリリョ Murillo、ワットー Watteay、テイエポロ Tiepolo、カナレット Canaretto等、約350枚を展示しております。

おわりに

このちいさな、おもしろい美術館の後ろに回りますと、霊廟の上に屋根が飛び出ているのが見えます。この屋根を見たスコットというデザイナーはインスピレーションを得て、今はたまにしか見えないですが、イギリス名物の赤い電話ボックスのデザインをしたのです。ロンドン滞在中に、静かなダリッチに是非足を伸ばして下さい。大きな公園 Dulwich Park や、森 Dulwich Wood を散歩したり、ビレッジでパブに行ったり。でもダリッチ美術館をお忘れなく!美術館は月曜日はお休みです。詳しくはホームページをご覧下さい。
www.dulwichpicturegallery.org.uk

住所
Dulwich Picture Gallery
Gallery Road, Dulwich Village,
London SE21 7AD

電話
020 8693 5254
FAX
020 8299 8700

2007年02月17日

国際観光ガイドデー

今日、明日は世界観光ガイドデーです。これは、それこそ世界中の公認ガイドが、沢山の方々にガイドによって普段見る所も実は沢山の歴史や、お話がいっぱい詰まってる宝庫であるという事を知って頂きたい、そして、実際にガイドの話を聞いていただきたいという願いから1987年に始まったものです。自分達の宣伝でもありますので無料で行っています。ロンドンの日本人ガイドも、毎年このイベントに参加しますが、私は毎年、ダリッチ美術館のガイドをします。理由は、ちいさいのにコレクションがすごく良いすてきな美術館だから、又自宅から近いので地域住民として、それから、日本の皆さんには夏目漱石が愛した美術館でもありますし、もっと沢山の方に知って頂きたいという気持ちからです。今年もたくさんの方々の参加で、私のガイドで絵を見ていただきました。

参加された皆さん、遠いところお越し頂きありがとうございました!

ロンドンの旅を来年2月に予定されていらっしゃる方は、日本語ガイド協会のサイトを来年1月下旬からご注目下さい。催行予定が発表されます。又、もうすぐ、参加ガイドからの報告も載りますので、ご覧になって、是非来年の国際観光ガイドデーにご参加ください。一年後のことですけど。 www.jrtga.com

IMGP0255.jpg
この日の服装はブルーバッジ・ガイドの青と決められていますので、私も青シャツです。

2007年03月11日

夏目漱石のサイン Soseki Natsume's signature on 1 February 1901

IMGP0431.jpg
一番上のサインが夏目漱石のサイン。この頃はまだ夏目金之助といっていました。住所が、カンバーウェルと書いてあるのが、とても親近感を覚える。今は本当に庶民的なところなのです。でも、百年前はどんな感じだったのでしょう。まだ33歳くらいの若い漱石を想像して、この文字を目にして、彼のロンドンでの生活を想像する。このビジター・ブックは、とても大切にされていて、館長室に保管されていて、この日も特別に、主事が見せてくれたもの。

IMGP0432.jpg
ダリッチ美術館の、事務室図書室で、主事のザビアー・サロモン氏と。ビジター・ブックを牧村さん、通訳の方と共に見せていただいた。

夏目漱石は、1901年2月1日にダリッチ・ギャラリーを訪れ、このサインを残しました。”2”と書いてあるのは、2人で訪れた事をあらわしています。

この漱石のサインを写真を撮ったのは、3月2日なので、大分前です。朝日新聞の牧村さんが、4月から漱石について連載を書く予定で、是非とも漱石のサインを写真に撮りたいとのファックスを美術館を通して私宛に送られたのが1月31日。私が受け取ったのが、3週間後でしたので、ばたばたと主事との連絡を取って実現したものです。主事(Curater) は、今年1月からの人なので、漱石についても、あまり知らない、私も個人的に話したのは、今回初めてでしたが、良い人で安心しました。牧村さんは、大変熱心にサインを見て、質問を色々して、さすが新聞記者と思いました。6月頃にはロンドンでの漱石を書かれるとの事。

サインを写真撮った後は3人で美術館をぶらぶらと歩いて(私が少し御案内)、その後で気持ちの良い青空の下、鉄道駅まで、牧村さんと通訳氏と私の3人で歩きつつ雑談を、楽しみました。こういう時間は、本当に幸せな時間です。

2007年04月09日

チューリップ・マニア その2  Tulip Mania

SAVE0025.jpg
ヤン・バン・フイサム作 静物 1718-20頃描く。  Jan van Huysum、 Vase with Flowers

この絵はダリッチ美術館所蔵の、オランダの画家、フイサムのもの。どうです、この多種の花!四季の花を入れる為に、完成させるには1年を要したと言われます。1581年にプロテスタントの国として、スペイン領ネーデルランドから独立。偶像崇拝が嫌われたので、この絵のような静物画を見て、聖母マリア像の代わりに瞑想したそうです。彼の静物画は、当時、絵画に求められた写実性=技術がある、という要求に応えたもので、レンブラントよりも高く売れたそうです。

例えば、ばらは聖母の天国の愛、しかしトゲがあるのでキリストの受難とも取られる。ゆりは聖母の純潔さ、オレンジの花は苦いので受難の苦しみ、アイリスは三位一体を表し、しおれている花、虫、水滴は「はかなさ」を表すとか、何もかも意味があり、大変。(こんなこと言っては、いけないですけど)

SAVE0026.jpg
拡大図。縞のあるチューリップはビールスに侵されているのだが、これが最も高価だったそうです。

それはそうとチューリップが真ん中で、えらく目立っていると思いませんか。別に神との関連性を調べても発見できないし・・・。実は、チューリップがオランダに輸入されて、大流行となって値が急上昇し、1630年には天文学的な値になったそうで、それは「チューリップ・マニア」と呼ばれたそうです。1株が、1万3千ギルダーで、銀カップ5個、雄牛20頭、10バレルのワインと20バレルのビール等などと同じ価格という高さだったそうで、絵を買った方が安かったそうです。しかし、1637年には暴落し、その後の絵画の中はチューリップは萎れてるのが多いそうですが、これもそうですね。「はかなさ」を象徴してるのかしら。

2007年07月13日

「死の床のベネチア・スタンレー」ヴァン・ダイク作 "Venetia Stanley, Lady Digby, on her Death bed " by Sir Anthony van Dyke

SAVE0044.jpg

この絵は、ヴァン・ダイクが1633年に描いたデイグビー夫人、ベネチア・スタンレーの死顔です。彼女は美しく、若い詩人、科学者でもある貴族のデイグビーはすっかり身分違いなのに彼女に恋して、家族の反対を押し切って結婚し、4人の息子も生まれ、幸せの真っ最中だった33歳の時、就寝中に亡くなりました。悲しんだ夫は、当時最高の画家であったヴァン・ダイクに死後2日目に描かせたのがこの絵です。
画家は、黒いカーテンに白い夜着で引き立たせ、死人の頬に少し赤みをもたせ、真珠のネックレスをつけ、ばらが咲いている最中の花びらを散らせ、美しさの最中に死んだヴェネチアを正直に描いています。

この絵はダリッチ美術館にあり、彼女の生前の肖像画は、国立肖像画美術館 National Portrait Gallery にあります。実は6月終わりに、私の母も眠っている最中に亡くなりました。彼女は83歳でしたが、たいへんきれいな死顔でした。母を想いつつこの絵を紹介させていただきます。

2007年08月08日

子供の肖像画の移り変わり "The Changing Face of Childhood" at Dulwich Picture Gallery

SAVE0054.jpg
”The Calmady Children” Thomas Lawrence 1823

今、ダリッチ美術館で17世紀から19世紀迄の子供の肖像画展があり、時代による変化がおもしろいのでご紹介します。

上の絵はロレンスのもので19世紀。この時代は、ロマンチックなものが流行りましたので、この子供達も、ふわふわした髪の毛や服、柔らかい色合いで、まるで天使のようです。それに、丸の中に描き、ちょっと暗い背景に、この姉妹は聖母子像のような寄り添い方、しかもこっそり聖母のお決まりの服の色、赤と青が入っていて宗教画の如く、子供達を気高く描いています。甘いこの絵は当時とても人気があったそうです。

しかし、この絵の二百年前は、まったく違う見方を子供に対してしていました。子供は性悪に生まれつき、教育はほとんど懲罰で、肖像画も従って子供らしさをプラスの観点から見ません。ですから、1623年のヴァン・ダイクの絵も、子供は大人の服を着せられて、豊穣のシンボルでもあるリンゴを持って、彼女の家柄を未来も継続させる希望を、この絵に託しているそう。天才画家のヴァン・ダイクでも、これらの法則からは逃れられないが、この子の顔や髪のくったくなさ、手のぎこちなさ等、すばらしいですね。

SAVE0052.jpg
" Maddalena Cattaneo " Anthony van Dyke 1623

SAVE0048.jpg
この写真は、まだ50年ちょっとしか経ってないけど、何だか人形をおんぶしたり鉢巻したりして、未来の母親の格好をさせている。4百年前とあまり変わってないですね、考え方が。

子供らしさの否定の時代は、18世紀に大変化します。ジョン・ロックの教育思想「子供は真っ白いノートのページ。教育で人間は作られる。」や、ルソーの「自然に帰れ」から、のびのびした自由思想へと移行して、現代の子供観に近くなりました。

SAVE0051.jpg
"The Young Cricketer " Lewis Cage 1768

クリケットの棒を持って、まるで太刀を持つ軍人のようなポーズで、広々とした自然の中に立っています。ずれたソックス、開いたズボンの裾など、リラックスしてスポーツを楽しんだ様子を出しています。でも、何だか顔がずいぶん白いので質問してみましたら、「日に焼けているのは農民。上流階級は白い顔」なのだそうだ。まだまだ18世紀でした。

さて、下はゲーンズボローのふたりの娘。コミッションではなく楽しみの為に描いたもので、姉が妹に髪飾りをつけてあげるところ。時代や、世間の要請なんてまったく関係なしの、本来もっている子供らしさが溢れている。又、画家の子供に対する愛情も感じる。

SAVE0055.jpg
"The Painter's Two Daughters " Thomas Gainsborough 1758

この絵の百年程前にヴァン・ダイクが描いたスケッチも見てください。これは、エジンバラのナショナル・ギャラリーの所蔵で、今回の展覧会には出品されていませんが、普遍の子供の肖像画だと思います。

SAVE0050.jpg
"Princess Elizabeth and Princess Ann " Anthony van Dyke 1637

展覧会は11月4日迄。詳しくは www.dulwichpicturegallery.org.uk をご覧ください。

About Dulwich Picture Gallery

ブログ「来て!見て!イギリス-ブルーバッジ・ガイドのロンドン便り」のカテゴリ「Dulwich Picture Gallery」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはBritish Museumです。

次のカテゴリはFood and Drinkです。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35