
Red House, Bexley Heath, Kent
先週、ウイリアム・モリスが結婚して建てた家「レッド・ハウス」を見に、自転車を電車に乗せて行ってきました。赤レンガで建てられているので、「赤い家」というニック・ネームがついています。1859年に建てましたが、当時としては、何もかも斬新なアイデアに満ちた家でした。

庭から見たレッド・ハウス。この日のガイドは、モリスのことなら知らないことはない!という位の知識で、雨が降っても全然気にならない楽しさ。
建物は上の写真のようにL字型です。さて、どのような経緯で、この家が建てられたかをお話したいのですが、まずは、ウイリアム・モリスのオックスフォード大学時代の話から始めなければなりません。
1853年に、オックスフォード大学、エクスター・カレッジに入学したモリスは神学を学びます。そこで、バーン・ジョーンズに出会い、生涯の友人となります。二人でフランスを旅して、元々好きだった中世のカセドラルや城を見て、神学を捨ててアートを一生の仕事にと決めました。

レッド・ハウス玄関ホールの窓。ステンド・グラスはバーン・ジョーンズ作で、周囲の花の絵はモリス、鳥はジョーンズが描く。下手なので、ガイド曰く「多分ふたりとも、ワインを飲みながら、気ままに描いたのでは・・・」とのこと。
バーン・ジョーンズは幼い頃より画才に優れ、有名な画家となりますが、モリスは建築に興味を持ち、新ゴシック建築設計家、G.E.ストリートの事務所で働き、そこで、レッド・ハウスの設計を依頼した、フィリップ・ウエッブと知り合いになります。その後、オックスフォード大学生協の建物の壁画をバーン・ジョーンズと共に依頼され、アーサー王伝説の絵を描きましたが、これが後のレッド・ハウスの内装に大きく影響を与えています。この仕事の最中にダンテ・ガブリエル・ロゼッテイと知り合いになり、彼のモデルである19歳の馬番の娘、ジェーン・バーデンに会い、すっかり恋してしまい、2年後に結婚しました。

ここがL字型の2棟の接点である階段ホール。明るくて、手すりも尖ったゴシックが入り、小さな丸い穴は子供が覗けるようにだそう。カップ・ボードの絵はモリス描。壁は今は壁紙ですが、当時は真っ白で、壁紙やタペストリーなどのキャンバスとしていたそう。光がいっぱい入る南棟は、台所で、窓も大きく、使用人が庭を見ながら、明るく楽しく仕事できるようにとの配慮からで、当時としては革新的でした。又、レンガというのも、安い建材ということで、地位のある人は石を使ったそうで、これも新しいものでした。土地を買った時にあった木々も、伐採に注意して、窓から風に乗ってリンゴの花の香りが漂ってくるようにとか、窓の下の傾斜も夕日を浴びた時の影の美を考えてとか、ウエッブにとって最初の注文住宅を完成させたのです。

モリスがデザインして、妻のジェーンが刺繍したカーテンのレプリカ(本物はケルムスコット・マナー)で、「デージー」柄。この自宅の装飾をしていて、モリスはその後の家具や、布地のデザインに対するインスピレーションを、更に広げていったのです。さて、この当時、なぜ中世のゴシックが取り上げられるのかと、不思議に思うかもしれませんが、19世紀のイギリスは産業革命で工業化の真っ最中でした。当時の批評家、ジョン・ラスキンは、機械製品は古よりの人間の技を捨てることであり、労働者が機会の奴隷になってしまうとして批判し、又生活が向上した人々は過剰な装飾を好み、素材の美や用の美を無視しているが、ゴシックには、人間性回復の望みと永遠の美があるとし、モリスも彼にすっかり傾倒していました。そこには、社会主義的な考えも多分に含んでいるのです。


資料室に展示してあった、モリスの布の木版。この版を使って、植物染で美しい布を作ったのだ・・・と想像するだけで、ドキドキしたもの。彼は、会社を作り、壁紙や布、家具などを作り、すべての人々が美しいものに囲まれて生活できるようにと思ったのだが、結果的には、これらの手作りのものは値段が高く、労働者には手が出なかったのです。彼も家族との楽しい生活をレッド・ハウスで過ごそうと建てたのですが、ロンドンのオフィスまでの通勤も今のように鉄道や馬車も安くはなく、子供も2人になり、使用人もいるし、経済的に住み続けるのが難しくなり、5年後には手放してしまい、ロンドンに引っ越しました。その後ここへは、あまりにも辛いからと1度も訪れていません。

バーン・ジョーンズが描いた、モリスが二人の娘に肉を切ってあげているスケッチ。娘の回想によると、モリスが大きな椅子に座ってるところは、まるでアイスランドの勇敢な戦士のようだった・・・そうです。

さて、この生活の美に対する関心は、「アーツ・アンド・クラフト運動」と名ずけられ、世界中に伝播しました。国内においては、建築では、1900年前後はレッド・ハウスに傾倒したものが多くみられますし、手工芸ギルドが多数生まれ、コミューンを作って制作したり、又「リバテイ・デパート」もオリエンタル・アートと共に、手作りの家具を積極的に売る店として始まっています。デザイナーのバンデ・ベルデや、アール・ヌーボー、スコットランドのマッキントッシュ、オランダのデ・ステイル派、ウイーンのセセッション派、後のドイツのバウハウス、そして日本の民芸運動にも影響を与えていて、後のモダニズムへと続くのです。アメリカでのフランク・ロイド・ライトもこの線上にあると思います。レッド・ハウスを建てた時の、ラスキンの思想のもと、建築家のウエッブ、内装のモリスにバーン・ジョーンズの考えと実践が、「アーツ・アンド・クラフト運動」の始まりとしますと、ここはその聖地なのです。
訪れる方は、開館時間がシーズンにより違いますので、確かめてからをお勧めします。電車はチャーリング・クロスやロンドン・ブリッジから出ていて、ベックスリー・ヒース駅Bexley Heathから徒歩10分以内です。ワンデー・カードの6ゾーン内に入っています。
