
ロスリン・チャペル
エデインバラからロスリンへは、市営のバスで行ける程近くです。ここの「ロスリン・チャペル」も今回の見たいものの一つでした。上の写真は案内書の写真で、到着して見てびっくり。下のように、大きな屋根がすっかりチャペルを隠してしまっています。

屋根が湿って石が落ちてきては危険なので、セメントのようなものを50年位前にかけたら、かえって水気が抜けず、細菌が入ってボロボロになってきはじめ、1997年から屋根を乾燥させた状態にしておくための処置としての巨大な屋根。修理のお金が集まるまでこの状態だそうです。
このチャペルを作ったのは、スコットランドの島のひとつである、オークニーの王様であったウイリアム・センクレアーが1446年に建築開始し、40年もかかって完成したそうです。本人の生前は完成せず、未完のチャペルに埋葬されました。立派なチャペルを作ろうと大工や石工を呼び寄せ、彼らのために家も建て、今のロスリンの町はそうやって呼び寄せた人々が作ったものだそうです。

東端の聖母に捧げるチャペル部分
中に入ってびっくり。彫刻が、床を除いて、全面施されていて、何と言えばいいのか分からない、デコボコ空間とでもいうか、すごい!
しかも、その彫刻たるや、勿論キリスト教に関係するものがあるのは当然ですが、ケルトの俗神「グリーンマン」が100以上もあり、フリー・メイソンのシンボルのコンパスやら、花や星に動物。まだコロンバスが新大陸を発見してないのにとうもろこしがあったり、標語、骸骨が踊る「死のダンス」まである。

親方が彫った柱

弟子が彫った柱
これらの中でも一番ストーリーが含まれているのが写真の2本の柱で、上のものは親方が彫った柱です。彼は自分の技量を磨くためにローマへ行きます。戻ってから彫ろうと思っていた、もう1本の柱を見ますと、誰かが自分よりも立派に美しく彫ってしまっていました。それが自分の弟子の作品と知り、彼は怒りと嫉妬にかられ、木槌で弟子を殺してしまいました。
確かに、弟子の柱の方がエレガントながら力強く、親方の気持ちも理解できます。この弟子の柱を見下ろす角度で、この親方の顔が彫ってあり、近くには、殺された弟子と彼の母親の悲しそうな顔も彫ってあり、おもしろい。

天井もびっしり彫刻で覆われているが、その中にはセンクレアー家のギザギザした十字があり、この真下に立つと、時々、衝撃を感じる人がいるそうです。昨日は腰痛の人が突然治り、今日も便秘が解消した人がいる・・・と案内の人が言ってました。そして、この下はセンクレアー家代々の墓室が地下にあり、この中には聖杯があるかもしれないと、まことしやかに言ってましたが、真実は?
このチャペルは宗教改革時も、ずいぶん破壊され、18世紀は鍵をかけて、まるで廃嘘のようだったのを、ビクトリア女王が訪問されたことにより、人々の関心を呼び、ずいぶん修復して、パイプオルガンを入れ、ステンドグラスを貼り、日曜の礼拝も行なわれるようになったそうです。そして今、ダビンチ・コードにより世界中の人々に知れ、たくさんの観光客を寄せているので、この小説を書いたダン・ブラウンは、ビクトリア女王と並ぶ、最大の貢献者です。私たち3人組も、小説を読んでいなかったら来なかったでしょうから。
続く・・・
