
翌日もこのように晴天で、ヒースの丘の間を南下しましたが、その前にウイスキーの樽製作所が、ホテルのある町の近くなので、見に行きました。ウイスキーは蒸留してあるので、最初は無色透明なのですが、シェリーやバーボン等、一度使った樽に入れて、最低3年は寝かせることにより、樽から浸み出す香りと色で、あの琥珀色のお酒になるそうですが、ここでは新しい樽も作っています。ものすごく力もいるし、技もいります。

スペイサイド樽製作所(Speyside Cooperage) ビジター・センターになっており見学できる。リサイクルは完璧で数度ウイスキーに使った樽は、椅子にしたり、半分に切って植木鉢にしたり。木くずは、スモーク・サーモンを燻すのに使う・・・。スコットランド人は倹約家だと、案内の人は自慢していました。

ウイスキーの首都と呼ばれるダフ・タウン。(Duff Town)
そして「ローマは7つの丘の上に建てられているが、ダフ・タウンは7つの醸造所の上に作られた」といわれるウイスキー・キャピタルを訪れる。冬だし早朝なので静かだが、この町と周囲の農民からのウイスキー関連の一人当たりの税収が、首都よりも大きかったことから、こんなニック・ネームがついたそう。暖かいシーズンには、ウイスキーでほろ酔い気分の観光客が多いだろうと想像した。

これがなきゃ、蒸留所と言えないですね。ポット・ステイル。
さて、この日は大きなグレンフアークラス(Glenfarclas)という醸造所の内部を見学しました。大麦の芽をちょっと出させて乾燥、粉にして水に漬けて発酵、蒸留の過程なのですが、クリスマス中は休業とのことで、全部は見れませんでしたが、蒸留された液体が樽に入れられ、倉庫で寝かされるまでを案内してもらいました。搾りカスの大麦は牛の餌になるそうです。勿論、最後は試飲でお買いものです。

倉庫を見せてもらう頃は、このように霧がかかっていました。ウイスキーが、こうやって自然の中で作られてゆくのを見て、街でボトルを見て、この情景を想像するのは楽しいだろうな・・・。
この日は少しずつ南下で、ピトロホリー(Pitlochry)にて宿泊。いつこさんは、仕事があるのでお別れ。ちょっと寂しく、ちょっと飲みつかれで、この日はおとなしく寝ました。
夏目漱石がロンドン留学中に、この町に豪邸を持つ、親日家の貿易商であるデイクソン氏に招待され、心から休養した所として日本では知れています。確かに、特に名所があるわけでもなく、周囲の自然への山歩きの人が温かい季節には多いであろうと思われる、のんびりした町で、私たちも漱石のように、ゆったり過ごしました。

翌朝、ピトロホリー駅にて。鉄道は1863年に通されています。もしその当時の駅であるなら、1902年秋、漱石もこの駅にいたことになります。私たちはエデインバラへ・・・
続く

コメント (1)
はじめまして。
ピトロホリー、懐かしいです。
2年前の夏に3泊しました。
夏目漱石が好んでいた場所であることを後日知りました。
観光客は多かったですが、日本人にはブレア城で見かけただけでした。
冬はなんとなくさびしそうですね。
投稿者: coperin | 2008年12月31日 03:05