
モリスのデザインしたタイポグラフィー
一昨日、テームズ川沿いを歩いて、リバテイ百貨店で今も人気の布をデザインしたウイリアム・モリスの住んでいた”ケルムスコット・ハウス”へ行ってきました。
ウイリアム・モリス William Morris (1834-1896) は、日本でも大正時代に「アート・アンド・クラフト運動」で工芸に大きな影響を与えました。幼い頃から中世の文化(特に騎士物語)が大好きでした。オックスフォード大学時代に知り合ったジェーンと結婚し、家を建てたのですが、彼は自分で内装を手掛けます。本当は画家、詩人を目指していたのですが、このレッド・ハウスと呼ばれる家がきっかけで、デザインの才能が芽生え、カーテン、壁紙、ステンド・グラス等のデザインをして、後で会社を友人と創設しています。詩はずっと書き続けていますし、アイスランドへ旅して、彼の国の古典の英雄伝を訳したり、美しい工芸は万人の為、工業生産ではない手仕事の大切さを説いたり、そして、この終の棲家であるケルムスコット・ハウスでは「印刷の冒険」をしています。
さて、上のタイポグラフィーは、15世紀のイタリア、ドイツの影響を受けデザインしたもの。上からゴールデン、トロイ、チョーサーと名付けました。この家近くに工房を持ち66種類の本を出版しました。手すきの美しい紙を使い、一枚ずつ刷るわけのですから高価で、一般の人には手が出ないものでした。しかし、彼の思想では、こういう本当に美しいものを図書館において、皆に見てもらうことを目指したのです。

完成本と当時の印刷風景

実際に使っていた印刷機が置いてありました。これで、モリスの詩やお話、チョーサーの話等が、バーン・ジョーンズのイラストと共に刷られていたのだと思うと感慨深いものでした。
モリスは、この家へ引っ越してくると織物を始めました。タピストリーや敷物を織りました。この親友の描いたモリスの織ってる姿は楽しいですね。

しかし、この家に妻のジェーンは住んでいません。彼女は独特な美人で、オックスフォードの馬番の娘です。モリスはお金持ちの息子で、当時としてはスキャンダラスな身分違いの結婚だったのです。レッド・ハウスの後、コッツウオルド地方の古い家を買い住んでいましたが、その頃大学時代からの友人である画家のロゼッテイが彼女に恋し、二人は恋人になるのですが、自由思想のモリスは、わざわざロゼッテイも一緒に住まわせたりします。しかし、心の底では苦しんでいて、それが原因かどうかは分かりませんが、このケルムスコット・ハウスはひとりで住みました。

コーチ・ハウスと呼ばれる地下室。ここで、最初は社会民主連盟に、後には社会主義同盟で活躍し、この部屋で数々の集会をしたそうです。現在では子供たちにクラフトの実習などに使っているようですが、集会での演説には「マイフェアー・レデイ」でお馴染みのジョージ・バーナード・ショー、「惑星」の作曲で知られるホルストの名もありました。

ウイリアム・モリス William Morris
今、この家は「ウイリアム・モリス・ソサエテイー」の事務所です。モリスは、古い建築物が改築されてゆくのを見て、昔の美が失われるのを悲しみ、保存する運動もしましたが、この会はそれらも含め、モリスの意志を後世にも伝えようと努力しています。

モリスが織ったものではないのですが、彼のデザインによる美しい二重織のカーテンです。
ここは毎日開いていませんので、訪れる前に確認してください。芸術、生活、思想がすべて活気溢れているこの人は、私の好きなイギリス人のひとりです。普通の人の数倍の濃密な一生を送った稀有な人でした。
