
1914年、エミリン・パンクハーストがバッキンガム宮殿で請願書を提出する行為を、警察により阻止されているところ
アメリカの新大統領に、黒人であるバラク・オバマが選出されたことで、感動した人は世界中に多いと思います。ワシントンで黒人の歴史の展示を見ましたが、アメリカでは、1960年代まで、バスでは白人が座れて、黒人は立たなければならないという様な、人種差別が公然と行われていたという事を、思い出させてくれました。それから約50年後の今、黒人が大統領になるのですから、キング牧師の夢が実現したのです。オバマ当選の日は、私も心から嬉しく、友人たちと喜びあいました。
これも、長い間かかって得た平等に対する権利です。オバマ当選を迎える日を迎えるまで、沢山の人々の命をかけての闘争があったからこそです。そこで、私も含めての女性参政権について書こうと思います。
日本では平塚らいてう、市川房江(なつかしいですね!)等の努力がありましたが、やっと戦後1945年からです。世界で最初の女性参政権はニュージーランドで1893年。さて、イギリスでは、1910年代からの動きが推進力となりました。
上の写真のエミリン・パンクハーストEmmeline Pankhurst が、リーダーとなって、平和的な活動では埒が明かないとして、窓ガラスを割ったりというような暴力、競馬場で王の持ち馬が走っているところに突入して訴えたりしました(この人は死亡)。そして逮捕されて、刑務所ではハンガー・ストライキをする、殉死されては政府も困るので、むりやり流動食を与える・・・の繰り返しをしていました。しかし、第一次世界大戦が始まると、活動を一旦中止して、国を守るのが第一と、今まで男性のしていた仕事を率先して行い、政府も女性に対する認識を変えました。
1918年に、30歳以上、年間5ポンド以上の家賃を支払っている世帯主、或いはその妻・・・といった様な条件付きの参政権が認められ、その十年後1928年には、大人の女性すべての参政権が認められたのです。
今では当たり前となっている選挙権ですが、このような人々の努力のおかげと思います。

最近売り出された「差別と闘った女性達」の切手
調べていて、おもしろい記事がありました。
1878年、高知県のある町の区会議員選挙のとき、楠瀬喜多という女性は「戸主として納税しているのに、女だから参政権がないのはおかしい」として申し立て、その後の長い運動の末、県は折れて承認され、1880年に彼女は投票できたそうです。その後、政府が「区町村会法」を作り、例外は認められなくなりましたが、勇気のある女性はいつの時代にもいるのですね。
