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2007年04月 アーカイブ

2007年04月01日

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で鉄の作品を見る Iron Work at V & A

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一昨日、ヴイクトリア・アンド・アルバート博物館に久しぶりに行ってみました。ここは、工芸品の好きな人なら何時間いても飽きず楽しめる、すばらしい博物館。長い間、改装工事をしていたので変化を見たかったのですが、随分ショップとレストランの拡張が行われ、無料の博物館の維持が大変なのを感じました。又、以前は中世の工芸品全般を展示していた部分が、彫刻ばかりの部屋となっていましたが、古いものから現代までのものがあり、変化が分かるし、この部屋は長いギャラリーで中庭から緑や向こう側の赤い壁も見え、外気を感じるので、彫刻に適していると思いました。

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ともあれ、私の大好きな鉄の作品の部屋は、昔と変わらず、真っ黒な重い鉄を軽々と美しく見せていました。イギリス人の苗字で「スミス」というのが多いですが、これは鍛冶屋のことで、鉄は人の生活に欠かせないものだったのだと思います。農作業、馬の蹄鉄、釘、武器・・・。ガイドの勉強をしている時なぜか、武具甲冑にえらく興味が湧き、自分でも理由が分からず今に至っているのですが、鉄製品でも、特に鋳型に入れて作ったものではなくて、鍛冶屋さんが、とんとんと真っ赤になった鉄を打って作った物が好きです。wrought iron と英語で呼びます。なぜかというと、打った後や、歪んだ部分、鋏で切ったりと、手仕事の跡が残っていて、見ていて楽しいのです。

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上の写真とこれは、南ドイツの教会の祭壇前の仕切りゲート。1704年。

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ノール・ハウス Knowl Houseで使っていたものだが、元々はイタリアで、墓の周囲を囲んでいた塀で、16世紀製。花やぶどうの飾りがかわいらしい。

イギリスの森も、コークスが発明されるまでは、溶鉄の為に伐採されてすっかり減ってしまいました。

Victoria and Albert Museum
www.vam.ac.uk

2007年04月02日

ストラットフォード・アポン・エイボンその2 Stratford upon Avon again

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スワン・シアターを柳の揺れる枝の間から見る。ラスキンが、物を知る為にはスケッチが必要と言っていたが、この枝、葉の葉脈なんか、描くとおもしろいだろうなと思う。おもうだけ。

昨日は、電車に揺られてストラットフォードへ行き、一晩泊まって、ホームステイしている中学生のお客さんとロンドンに来て観光の仕事。という訳で昨日の旅は、のんびり昼寝をしたり、お茶飲んだりして到着。6時すぎなのにまだ明るいので、街をぶらーっと散歩してきました。天気は上々、昼寝のお陰で気分も上々。エーボン川沿いには私の大好きな柳が沢山植わっていて、強い風にゆらゆらと、若々しい薄い緑の、形の良い葉をゆらしていました。木が大木なので、動き方がいかにも、おっとりしているのが、何ともいえなく優雅で、私も嬉しくなる。

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来週から解体されはじめるロイヤル・シェイクスピア・シアター。アールデコのデザインだった。

ロイヤル・シェイクスピア・シアターは、70年の歴史を先週の土曜日で閉じたという記事を今日の朝見ました。確かに、あまり古くもないのですが、舞台と観客席の間が開き過ぎて、臨場感に欠けるなと思ったものでした。やはり、劇の中に入り込みたいので、遠すぎるのが閉鎖の原因のよう。2010年には新劇場が完成するそうです。

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向こうに見える教会の塔が、シェイクスピアも埋葬されている、ホーリー・トリニテイー・チャペル。エイボン川も風で波立っている。むこうの柳の若葉がきれいです。この風景にうっとりして、こんな美しい風景の中を歩くことが出来るのは何て幸せなことでしょうと、思っていたら、何とこの風景が夢に出てきて・・・。

散歩の後は、夕食をしてワインでちょっとのんびりして、テレビでジェーン・オースチンを見て就寝。夢でエーボン川に巨大なテイー・ポットが流れている夢見て起きる。どんな意味があるんでしょうね、これって。

2007年04月04日

人間国宝北村武資氏の羅道行をビクトリア・アンド・アルバート博物館で見る Living Treasure Mr Takeshi Kitamura's "Ra"woven coat at V&A

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北村氏の羅作品デテイール。博物館は暗く写真がうまく撮れないのでカタログのスキャン

北村武資先生は、古代中国から日本に伝わったが、長い間失われていた羅と、経錦の復元と技術によって重要無形文化財技術保護者(人間国宝)になられた方です。

実は私の友人の叔父さんで、ロンドンの大和ファウンデイションにて、先生と、研究されている染職作家の方達の会「うすはたの会」の作品展が行われるので、先生もロンドンに行くので、ひまな時など困るでしょうからめんどう見てくださいとの事で、2005年の秋に、5日間ほどご一緒させていただきました。

実際は、先生のお世話どころか、こちらの方があちこち一緒について行って、返って沢山頂くものが多かったのです。飾らない、真っ正直な性格が、こちらまで洗われるような、良い気持ちにしてくださいました。

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私、佐野さん、北村先生で展覧会場へ向かう

毎日予定がびっしりで、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館にも訪問して、テキスタイルの部屋で、キュレーターの方が、古代の裂を見せてくれて、ルーペで見ると、捩れているのが見える。これが、古代の羅だ!と感激。コレクションの美しいのを色々見せてくれた後、「では、最後に最高のものをお見せしましょう」と言って持ってきた箱を開けて、全員「うわー!」と喜びました。何と、1995年に、博物館が買い上げた、先生の羅の道行だったのです。

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先日博物館へ行った折、日本の部屋に足を踏み入れ、北村先生の、あの道行が展示してあるのを発見して、つい微笑んでしまいました。「先生、こんにちわ」と挨拶しました。色々と話したのを思い出します。大和ファウンデーションに展示してある作品が、とても明るいオパック・ブルーで、古代にはなかったような感じです。それで伺いますと、「織が古典だから、色はモダンにしたんや」というお答え。楽しいですよね。最後の日は皆さんがハロッズでお買い物中、先生お疲れで、ふたりでカフェでビールを飲んで、私は淋しい気持ちと共に、先生は、きっともうすぐ帰宅できるのでほっとした気持ちで、四方山話を楽しみましたが、今もなつかしいです。

製作過程のビデオを見ましたが、経糸を捩って織るのに、特別の装置を考え出したり、ものすごくメカニックで、エンジニアのようでもあると思ったものでした。布は退色を避ける為、長時間同じものを展示しませんので、せいぜい訪れる機会を増やして、ご挨拶のチャンスも増やしたいものと思った次第。

2007年04月05日

「リチャード三世」がシェイクスピア劇では一番好き Richard The Third 

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スワン・シアター前で見た、リチャード三世の看板

私は数あるシェイクシアの劇の三分の一も見ていないと思うのですが、何故か「リチャード三世」は何度も見ています。まあ、この新潮文庫の解説を読んでください。

「せむしでびっこの野心家グロスター公リチャードは、兄のエドワード四世王が病に倒れると、王権を狙い、その明晰な知能と論理で次つぎに、残忍な陰謀を企て、ついに王位につく。 魔性の君主リチャードを中心に、ばら戦争の結果とヨーク家の内紛を辿り、口を開いた人間性のおそろしい深淵に、劇詩人シェイクスピアが、真向うから対決した傑作史劇である。」

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このロバート・ヘルプマンのリチャード三世の写真はすごくて見たい気持ちになる。1956年なのでむり。

リチャードは、冷血漢で、兄弟も甥も、自分を王位につけるために殺します。500年前のイギリスの舞台というのは、今のようにカーテンを下ろして場面を変えたり、書割があったりしないし、回り舞台とかも勿論なく、照明なんてなし。蝋燭は火事の元になるから明るい内だけという訳で、役者はせりふの中に場所の設定やら、天気の様子まで入れて観客に知らせる。という訳でせりふは長くて、そして、心の内もせりふに含ませて、観客に告げます。

さて、リチャード三世は皆に嫌われ、母親さえも嫌っている。でも女を口説くのはうまく、自分を憎む女を妻にしたりする。それが、人間の弱い部分をついていて、ペテン師の魅力が一杯なのです。本で読んでいると、それほど感じないのですが、これをいったん、役者が動き、声に出すと、突然立体的になり、こちらの心に訴えかけてきます。悪い奴ほど惹かれるのはなぜかしら。

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クエートのりチャード三世。未亡人になった王妃達が嘆きあってるところがテレビに映ってのをリチャードが見ているのだろう。

シェイクスピアの劇は世界中の、どんな時代にでも置き換えられます。きっと人間の普遍的な部分を表現しているからだと思います。ロバート・デニーロの映画のリチャードもすごく良かったし、又ヒットラーのように扱っていたのも良かったです。ふと、リチャード三世は漫画の「銭ゲバ」に似てるなと思い、娘に言うと「それはないと思うよ」と軽くいなされました。

2007年04月06日

スコットニー・キャッスル・ガーデンを訪ねる Scotney Castle Garden

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スコットニー・キャッスル・ガーデンの古い城とお堀。水仙は終わりかけですがきれいです。子供がいっぱいでにぎやか。

5月にスケッチ旅行グループのガイドを頼まれました。それで、スコットニー・キャッスル・ガーデンという庭園の下見に行こうと、昨日からインターネットや地図を見たのですが、どうもバスが近くまで行ってないようだし、(実はあった)ワドハーストという町からなら距離的には自転車でも行けそうだと思い決行。

良いお天気でサイクリング日和。うきうき家から駅まで自転車乗って、電車に持ち込んで乗り込み、1時間半くらいでワドハーストの一駅前のほうが近そうだったので下車。

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ベイハム・アビー Bayham Abbey 父親と子供がかくれんぼをし、母親は読書をしている家族がいました。

下り坂多く、らくちんサイクリングで行きますと「修道院廃墟あり」のサインあり。犬も歩けば棒に当たる!「行って見なきゃ」と、好奇心満々で細い道を行くとありました。切符売りの所で「これはいつ破壊されたのですか?」と聞くと「1500年代です。」「じゃやっぱり、ヘンリー8世?」「イエス」という訳で、イギリスの宗派が、カソリックから英国国教会というプロテスタントに変わった時に破壊されたもよう。この修道院の名前はベイハム・アビーといい、古い部分13世紀で、昔は修道士が沢山いた立派なものだったようです。おもしろいのは敷地内に18世紀の立派な家があり、これを建てた人は、この廃墟を庭の一部と見立てて、客間の窓からも見えるようにしてあり、当時の視点をちょっと垣間見た気がしました。

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スコットニー・キャッスル・ガーデン。 丘の上から城を見る。

寄り道も楽しいけど、お目当ての庭園に行かなくちゃ。
さて、お庭拝見ですが、敷地が770エーカーという広さで、これ全体を庭園としてデザインしてるのですからすごい。こちらも少々朽ちた14世紀の城とお堀をポイントとして丘の斜面にも、色々な花木を植え、芝生も多く沢山の人がピクニックをたのしんでいる。四季美しいように作ってあります。今の季節は、端境期で、水仙、桜、木蓮など終わりかけ。れんぎょうはきれいでしたが、あまり開いている花はないのです。でも、木には若葉にふくらんだ芽がつき、チューリップ等も今にも開花しそうだし、どの植物もいきいきと出番を待ってる雰囲気が感じられます。イースターなので、子供が卵のかわりの何か探す遊びをしているので、ちょろちょろ動き回り、春の気分満点でした。来月から秋までは美しいでしょうね。

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私の相棒のブリジストンの折りたたみ自転車。これを持ってパリも乗り回した。兄からのプレゼントで、姪がしょってロンドンまで持ってきてくれた。ふたりに感謝してます。

帰りはワドハースト駅にしました。実は行きが下り坂で楽だったので、帰りを想像すると怖い!もしかしたら、こちらが楽かも?という甘い期待を持って選んだのですが、多分良い選択だったと思います。でも、少々坂ではありましたが。今日は合計10マイルのサイクリングでした。16kmです。帰りの電車は勿論昼寝。

2007年04月08日

チューリップ・マニア その1  Tulip Mania

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我が家の裏庭でやっと咲いたチューリップ。雑草だらけ。

今、イギリスは、復活祭やすみの真っ只中です。金曜日にイエス・キリストが十字架で処刑され、日曜日は復活した日ということで、今日はラジオでも朝から教会からの放送等していました。でも、金曜日と日曜日に合わせるので、日にちは毎年違うのがよく理解できないですけど。イランの領海に進入したとして、2週間拘留されていた英国海軍の水兵15人が、「復活祭の恩赦」として解放されましたが、キリスト教の人にとっては、クリスマスと同じ位、大切な日のようです。

さて、今日も良いお天気で、20度近くの暖かさです。庭に出てみると、待っていたチューリップが咲いているではありませんか!ちょっと影なので、なかなか開いてくれなかったのです。

さて、チューリップというと、実は前回、ビクトリア・アンド・アルバート博物館を訪ねたとき、好きなイスラムの部屋に行って、タイルが好きなので、見ているとチューリップが目に入り、次に皿を見ると又チューリップ。探すと次々現れます。チューリップは中東が原産で、トルコからヨーロッパに伝わったらしい。最初にヨーロッパに伝えた人は、名前が分からないので、ターバンにチューリップを飾ってる人に名前を尋ねると「チューリパンド」と答えたそうだ。実なトルコ語でターバンのことで、そのまま伝わったということらしい。

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トルコ、イズニックで製作。1570-90年頃。グリーンに変化あり、黒のアウトラインで力強い。チューリップだけじゃなく、カーネーションも入っている。

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トルコ、1600-1700年頃製作。リネンの上に絹で刺繍。絹織物が高いので、おりもの風に飾っている。とてもチャーミング。

さて、この下の2枚の布は、絹に金モールの糸を織り込んだ豪華なもので、1595年のトルコのスルタンの子供の死体に着せてあったもの。解説を読み、驚き、胸が痛んだ。ムラト三世は19人の息子がいたが、その中のひとりをメフムト三世としてスルタンに就かせ、他の子供は、後の争議の元とならないように全員殺したらしい。そのうちの2人の王子の死に装束なのだ。そこにもチューリップが織り込んである。

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1550年頃から、チューリップ柄が流行したということですが、その他にも色々な花柄が入っています。ヒヤシンス、カーネーションも好まれたようです。

2007年04月09日

チューリップ・マニア その2  Tulip Mania

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ヤン・バン・フイサム作 静物 1718-20頃描く。  Jan van Huysum、 Vase with Flowers

この絵はダリッチ美術館所蔵の、オランダの画家、フイサムのもの。どうです、この多種の花!四季の花を入れる為に、完成させるには1年を要したと言われます。1581年にプロテスタントの国として、スペイン領ネーデルランドから独立。偶像崇拝が嫌われたので、この絵のような静物画を見て、聖母マリア像の代わりに瞑想したそうです。彼の静物画は、当時、絵画に求められた写実性=技術がある、という要求に応えたもので、レンブラントよりも高く売れたそうです。

例えば、ばらは聖母の天国の愛、しかしトゲがあるのでキリストの受難とも取られる。ゆりは聖母の純潔さ、オレンジの花は苦いので受難の苦しみ、アイリスは三位一体を表し、しおれている花、虫、水滴は「はかなさ」を表すとか、何もかも意味があり、大変。(こんなこと言っては、いけないですけど)

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拡大図。縞のあるチューリップはビールスに侵されているのだが、これが最も高価だったそうです。

それはそうとチューリップが真ん中で、えらく目立っていると思いませんか。別に神との関連性を調べても発見できないし・・・。実は、チューリップがオランダに輸入されて、大流行となって値が急上昇し、1630年には天文学的な値になったそうで、それは「チューリップ・マニア」と呼ばれたそうです。1株が、1万3千ギルダーで、銀カップ5個、雄牛20頭、10バレルのワインと20バレルのビール等などと同じ価格という高さだったそうで、絵を買った方が安かったそうです。しかし、1637年には暴落し、その後の絵画の中はチューリップは萎れてるのが多いそうですが、これもそうですね。「はかなさ」を象徴してるのかしら。

2007年04月12日

デボンの友人の新しい家を訪ねる  Devon revisit

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私が泊まった寝室の窓からは、葡萄畑が見える。前の住人が去年作ったワインはまずかったそうで、今年はおいしいのを作りたいと、明後日からイタリアの専門家に来てもらって、剪定やらするそう。


英国南東に位置する、デボン地方を、すっかり好きになったのは4年位前でしょうか。たまたま仕事でトーキーという町へ行き、お客様の会議最後の日が、観光に当てられており、私もご一緒させて頂いたのがきっかけです。ダートモア国立公園まで出かけたのですが、なだらかな丘は、生垣で区分された放牧地になっており、その稜線は不ぞろいで、あまり整備されすぎていないワイルドさも十分あり、村や町も、観光化されていない素朴なよさがあって、ここは絶対もう一度訪ねたいなあと思いました。

次の年は、夫と一緒にさっそく夏休みにダートモアを訪れました。この時は、村の農家の民宿に5日間滞在し歩き回り、ますます好きになりました。何と、そんなに気に入ったデボンに、突然親友夫婦が引っ越したのです。早速、遊びにゆきました。

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昔は教会の牧師さんの家だったそうで、古い部分は1600年代です。デボンの家はこのようにピンクやクリームや、水色に壁を塗っている家が多いです。イギリスは古いものに価値がありますので、家も直して補強して、いつまでも過去の遺産を楽しめるようにと努力します。

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散歩して見つけた村の家の風見鶏ならぬ、風見猫。

ブラックオートン、Blackawton は、人口5百人位のちいさな村で、2つあるパブへ行くと村のゴシップは全て聞けます。お店は郵便局を兼ねた小さなのがひとつだけで、散歩しても皆「こんにちわ」と挨拶します。鍵をかけなくても、全然心配がないという、都会と全く違う村の良さがいっぱいでした。昨晩は、パブのレストランで、彼等の22年の結婚記念で、村の新しい友人達も来て、8人で食事しましたが、こんな田舎で?と驚くおいしい食事を若いシェフが作り、デボンの地ビールは甘い麦の味がしました。彼等の家からパブまでの道は、近いのですが登り坂ですから行きは頑張って登りましたが、帰りは転がるように降りて、ほろ酔い気分で冗談を言いながら笑い、皆で夜空の星が落ちてきそうに大きいねと感心して、ずっと遙か向こうからは、灯台の明かりがぐるぐる回ってるのが見えて海から遠くないのを感じて、コートを着ていない私達は「さむいー!」と言って、家に入り込みました。楽しかった。

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家の前は、こんな大きな風景が広がっています。彼等の土地は、放牧地ともなります。羊は草を食べ、草地は芝刈りなしできれいになり、土地を使わせて貰ってる農家の人は助かり、貸してる友人達は2頭の羊の肉を貰える・・・という、皆が嬉しいシステム。

友達のおかげで、大好きなデボンが更に近く感じます。ますます好きになりそうです。

2007年04月15日

今日は26度!ダリッチ美術館の庭の木を見に行く

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良い天気です。ユダの木 ”Judas Tree”の下で。  本を見ると、「キリストを裏切ったユダの首吊りの木」と書いてある。すごい名前ですが、花はとても可愛いです。

今日も良い天気で、外に出なきゃ青空に申し訳ないような気分。庭掃除をしてから、いつかしてみたいと思ってたダリッチ美術館の庭の木探検に行ってきました。”Trees in the garden"というパンフレットを以前もらっていたので、別に木の図鑑をリュックに入れて公園を通って行く。朝11時には家族連れがいっぱいで、イースター・ホリデー最後の日を楽しんでいる様子でした。本当に皆、のーんびり楽しんでる。

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ガイドの仕事は、「何でも知らなくてはいけない」ので、木も知らなくてはいけないのですが、これが全然、識別できないし、覚えられなくて、他の人が遊んだり、木陰で寝転んでいる時でも、こうやって木を見て、図鑑みて、独り言をもぐもぐ言ってる・・・。あー情けない、いやですね!

みなさん、私には木や花の名前を聞かないでくださいね。お願いします。

2007年04月17日

HAIKU 俳句?

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先週末、フィルから、冊子になった「作品」が送ってきた。内容は芭蕉の俳句にインスピレーションを受けたコンピューターで作った画像。なかなか面白い!それにしても、芭蕉の俳句を知らない無知な私を恥じる。でも、英語で雰囲気を味わって、彼の作品を楽しむ。

この木の名前は知らないが、あふれんばかりの甘い香りの真っ只中に立っている

さて、何とか私も返事を出したいが・・・。俳句は作ったことないし困った・・・。そうだ!色で言葉にしちゃおう!

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上の英語の俳句、美しい芭蕉の言葉で詠みたいですが、分かりません。どなたか、おしえてくださいますか。

2007年04月19日

イギリスの桜

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リップリー Ripley という村の道端のさくら。木が大きいので、花が点のように見え、もやがかかったよう。本当は八重で大きい花なのですけど。

さくら便りを送りたいと思いつつ、きれいだな・・・と言って喜んでいる内に、段々と色褪せ、終わりになってきて、これじゃ写真とりたくないな、来年にしましょうと諦めておりましたが、一昨日、ギルドフォードの村道をサイクリングしていましたら、ちょうど美しい桜を見つけました。

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さて図鑑をみてみます。イギリスに最初にきたのは1822年で、中国経由で日本から。原産は中国だが、現在みられるような桜にしたのは日本。原種は、英語でJapanese Cherry, ラテン語Prunus serrulataで、英国に最も多い種類。ふむふむ・・。これは、何という種類かな?皆似ているなあ、もしかしたら ”Kanzan"かしら?

日本のお花見がなつかしい。イギリスの人もピクニックして、おなじように楽しみますけど、あの日本での、あの年に一度だけ楽しむお花見は、何かものすごく意味があるような感じがします。ともあれ、桜は、イギリス人も大好きで、公園や街路樹や、家の庭に植わっていて、春の気分を盛り上げてくれています。

2007年04月20日

我が家の庭の春

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うちの庭は、ひょろ長い。一番奥は、毎年野菜を植えるが、いつも手入れが悪いので、まともなものが出来ない。それでも、夫は、毎年試みるのですが、春はこのように「忘れな草」が咲く。

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ライラックも咲いた。なぜかロシア絵画にとても多い花だ。さわやかで、しかも甘いライラック色。

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りんごは、昨秋短く剪定したので、花も少ないが、きっと元気がある実がなるだろうと期待している。

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いっぱい植えてあるチューリップもきれいに咲いている。うれしい!

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また雑草。この青い花は「ブルー・ベル」と言って、イギリスの春のカーペットとして皆に愛されている。

これは、きのうの写真で、暖かい日だったのですが、今日は冷たい風がふき冬のようです。それでも、確実に夏に向かっているのですから、気分としては、うきうきです。これらの花を見ると、そういう気分になるのです。

2007年04月21日

イースト・エンドを歩く East End Walk

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ギルバート&ジョージの住むフォーニー通り Fournier St で見つけた、すてきな青。

先週うろついたロンドン東部。昔から、ロンドン中心地の外でアナーキーな場所。17世紀には、カソリックのフランスから,逃げてきたプロテスタントが住み着き、絹織物をしていた所。19世紀には東ヨーロッパのユダヤ人迫害で逃げてきたユダヤ人街。20世紀後半は、バングラデシュからのカレー屋が軒を並べるところ。そして今は、現代アートのギャラリーがいっぱい。

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ブリック・レーン Brick Lane は、ブリック=レンガを作ってた所らしい。そこが、19世紀おわりからユダヤ人の通りで、このようなベーグル屋が2軒ある。ここのソルト・ビーフ(塩漬ビーフをゆでたもの)キャラウエー入りパンのサンドイッチや、1個8ペンスのベーグルは、イスラエルから来た人でもおいしいという本格派。

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しかし今は通りの名前もこのように、バングラデシュ語も書いてある。行った日は金曜日だったので、イスラム教の礼拝日とあり、男性信者がモスクへと急いでいた。でも、この通りの名を見てください。クエーカー通り。19世紀はじめまでは、認められていなかった宗派。とにかく、イースト・エンドは、いつの時代も何となく異端の匂いがする。

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そして最新のアートギャラリーではこのとおり。この調子ではイースト・エンドは、形は変わってもレベルの伝統だけは、いつまでも残りそうだ。

追記;ブリック・レインは、レンガを作っていた訳ではなく、ロンドン大火(1666年)の後、レンガを運搬するのに使った道だった・・・と、資料にあり訂正します。

2007年04月24日

衛兵と記念写真 Windsor Castle

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冬の間はグレーのコートだった衛兵も、4月になると赤い制服になります。

私もお客さんと一緒に記念写真を撮ってもらいました。若いハンサムな衛兵の隣に立つと、ちょっとてれます。この写真を見ると、何だか彼も私に寄り添ってるみたいで、手をつないでいるように見えるでしょう?本当は全然接触してません、そう見えるのは、写真を撮った時の角度によってです。この衛兵は、カメラを持ってる若い女性をじっと見ているのです。

ウインザー城にて。

2007年04月28日

イギリス流健康キャンペーン

SAVE0030.jpgきのう、アールス・コートの友人宅を訪ねた折、駅の傍に一番下の広告が大きく展示してあった。これで、セックスも医者のすすめる健康法となり、下には、Get your 30 minutes a day, any day.(とにかく毎日30分おこないましょう)と書いてある。見てびっくりする人も多いだろう。

先週見つけた新聞の記事で、ブリテイシュ・ハート・ファウンデーション British Heart Foundationという、心臓病を減らそうと言うチャリテイ団体の新しい広告が紹介されていた。イギリスはヨーロッパでも心臓病になる人が多く、政府も国民に、カロリーの低い食事にするようにとか、運動をするようにと、呼びかけているのですが、このBHFの広告も、上から「水泳、庭仕事、犬の散歩、洗車、そして、セックス」の奨励をしている。これらを、定期的に行い、15分にひとりは心臓病で命をなくす状況を改善してゆこうとのすすめ。

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これは、この冬に駅で見つけ、おもしろいので撮っておいた広告。新聞のタイムスTimes のもので、「太りすぎの子供は53歳に死ぬので、年金問題も解決します。」
ぎょっとする話をさらっと書いてるのが笑うが、子供の肥満もイギリスの社会問題のひとつ。健康に関しての関心が少しずつ向上してはいるが、まだまだ日本ほどではない。

2007年04月29日

ウインザー城半日観光  Windsor Castle

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ウインザー城の外はご覧のように城下町の風情がいっぱい

今日も又良い天気で観光に最適でした。午前中の観光はウインザー城!
さて、ロンドンからは約32Km位西に、ウインザー城はあります。このお城は、11世紀に英国王朝最初の王様、ウイリアム1世が、アングロサクソンを支配下に置くために、ロンドンを中心として、放射線状に20マイル離れた地点、9箇所に作った砦のひとつです。今も王室の方が使っていて、チャールズ皇太子の2度目の結婚披露宴もここで行われた。実際に使用中の城としては世界最古。

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これが、ウインザー城の本丸であるラウンドタワー。この塔の下が、家来などの住む下屋敷的な場所で、上が王室が住む上屋敷的なものと、門のよって隔たっている。今日は、日曜日だし、ものすごく混んでいる。今日は女王がご在宅のようで、黄色と赤と青が入った旗が立っていた。庭もきれいで花も沢山咲いていたし、天気もよいし、大変明るい雰囲気がいっぱいでした。

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今日は観光ばかりではなく、ドライバーもお客さんが大喜び!見て下さい、彼の手を。とても優しそうなぷくぷくした手に、ぎんぎらぎんの金のブレスレット、金時計、金の指輪。サングラス吊りも金、歯も金歯、歯の隙間も金で埋めるというゴールド・ボーイ。とても親切なドライバーで皆と写真撮ったり、見当たらないなと思ったら、お客さんと歓談している。

きょうも、お客さんに楽しんでいただけて私も楽しい。

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