
操り人形のテントの後ろにいるクラウン
今日の午後、ベスネル・グリーンという地区の子供時代博物館へ行って見た。実は友人の展覧会のプレヴューの前の時間つぶしに行ったのですが、すっかりノスタルジックな気分になり楽しみました。
元々は、この辺りは貧民街だったので啓蒙の為の博物館として1872年に開館したらしいですが、1974年から子供博物館になってます。おもちゃや、子供服や、ドールハウス、赤ん坊のものなんかが展示してあって、最初は別世界のものとして見ていたのですが、毛糸で編んだ水着が出てきたあたりから、段々とこの子供の世界に自分も入っていきました。

「パンチとジュデイ」どたばた劇。Gus Wood が50年使った人形。(1912-1962)
まず、「パンチとジュデイ」という操り人形が目に入りました。そして、ずっと忘れていた昔の友人マヌエロを思い出しました。彼は夫の友人で、チリから亡命してきていて、スペイン語を細々と教えて生計を立てていました。彼は、手先が器用で、センスもいいし、何を話しても楽しくて、大好きでした。よく一緒に話したり、食べたり、飲んだりしていました。そして、りんごを乾かして皺を上手に作って、お婆さんの頭にして、他にも人形作って、おもしろい服着せて、お話作って、一緒に近くのストレットハム・コモンという公園で毎週子供目当ての人形劇をやろうと話し合って盛り上がっていました。ところが、誇り高いマヌエロに夫が冗談を言って怒らせて絶交してしまったのです。私は、マヌエロと一緒に木陰に小さな舞台を作ってふたりで、ちょこちょこ動き回って、子供をはらはらさせたり,笑わせたりするのをとても楽しみにしていたので、この事件がとても悲しかったものですから、博物館のこの操り人形は、久しぶりにマヌエロを思い出させてくれました。ゲイで、賢くて、優しい彼も今頃たぶん70歳くらいでしょう。懐かしくなりました。

Miss Revlon ミス・レブロンという1956年の人形。服は高校生が作った。
この着せ替え人形は、とてもかわいいでしょう?私も小さいころは着せ替えの服を縫ったり、編んだりして着せ替えて楽しんだものです。自分では不可能なロングドレスをチュールや、レースを姉からもらって作ると本当にたのしかったものです。今頃その楽しい気持ちを思い出したりして不思議な気分。

このドール・ハウスは1800年位のもの。
ドールハウスは、持ったことはありません。でも、西洋の小説に出てきて聞いたことはありました。私は、お雛様を使って(しかも、ものすごく値打ちのある立派なのを)おもちゃにして、大家族にしてあそび顔も汚くして、髪の毛もぐちゃぐちゃにしてしまったのを、思い出しました。東京の親戚が疎開する時に、私の母に託したという、あの美しいお雛様、私がすっかり台無しにした後は、どうなってしまったのかしら。思い出す度に心が痛むのですが、ドールハウスに又触発され、再度この気分を味わう。
たまには、こうやって過去の世界に戻るのもいいなと思いました。

コメント (2)
幼い頃 仲の悪かった姉と唯一喧嘩をしないで飽きずに遊べたものが着せ替え人形でした。端切れでドレスやスカート、バックと何時間でも作っていました。
あの頃は日本中が貧乏でお人形1つを宝物にして大切にしてましたよね。あ~懐かしい こんな気持ちを思い出させてくれて有難う。
投稿者: はるえ | 2007年03月29日 15:05
幼い頃 仲の悪かった姉と唯一喧嘩をしないで飽きずに遊べたものが着せ替え人形でした。端切れでドレスやスカート、バックと何時間でも作っていました。
あの頃は日本中が貧乏でお人形1つを宝物にして大切にしてましたよね。あ~懐かしい こんな気持ちを思い出させてくれて有難う。
投稿者: はるえ | 2007年03月29日 15:08