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entente cordiale

イギリスとフランスを隔てるドーバー海峡はたったの30km。今、フランスには20万人の英国人が移住して、美味と青空を楽しみ、逆に英国には30万人のフランス人が住んでいます。2007年1月30日には、次大統領候補のSarkozy氏がロンドンを訪れ、在英仏人向けの、選挙運動をしました。以下の文は、英仏協商百年を記念して、パリガイド協会サイトに寄稿したものです。
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英仏協商記念に建てた時計塔。ヴィクトリア駅の前にあり、あだ名は「リトル・ベン」。

2004年はEntente Cordiale〔英仏協商〕の百年記念で、春にエリザベス女王がパリを訪れたのを始めとして、次々と友好の行事が行われ、締めくくりは秋のシラク大統領のロンドン訪問でした。この時の歓迎の催しのひとつとして「レ・ミゼラブル」をウインザー城で上演しました。王族をギロチンにかけた歴史を持つ国の大統領をお城の中で、しかも革命思想の含まれるミュージカルで歓待なんて、本当にイギリス人のユーモア感覚溢れるもてなし方ですね。
この英仏両国の記念すべき年にロンドンガイド協会とパリガイド協会の会長がはじめて会い、交流を始めました。それまで全く異国と思っていたフランスがとても近く感じられるようになり、よくイギリス人が「フランスは兄弟。だからケンカしてもすぐ許す。」というような身近さが少し理解できるようになりました。そこで私の知っている範囲内で、英仏の関係を少し見てみようと思います。

まず、英国王室最初の王様はウイリアム征服王といい1066年にフランス、ノルマンデーから来ました。フランスではノルマンデー公ギョームと呼ばれ、領地を海の向こうに拡げたという感じでしょうか。宮廷ではフランス語を使い、墓も占領地の英国よりもノルマンデーに作りました。ノルマンデー大公の子孫達は百年戦争(1337-1453)を通してフランス離れして、イングランド人の王という確固としたものになってゆきます。それまで現地人の言葉として蔑まれていた英語の最初の小説が、この戦争中に書かれたチョーサーの「カンタベリー物語」です。現在の英語の語彙の50%はフランス語から来ているといわれます。

英国は、年に国王1534至上法が成立し、カトリックから離脱しプロテスタント国になりました。一方17世紀後半のフランスではルイ十四世が新教徒を圧迫しましたので、逃れてイギリスに住み着いた新教徒も多く、手に技術を持つ人々が多かったので英国の工芸に貢献しました。特に銀細工や織物で、ロンドンではPetty Franceでは羊毛織物、Spital Fieldでは絹織物が有名でした。

ルソーの「自然に帰れ」の思想は、英語に訳され読まれました。フランスでは革命という政治的な動きに結実しましたが、英国では文化に影響を与えました。産業革命や農村の囲い込みによる小農家の圧迫等で、18世紀中頃は人間性が無視された時代でしたので、おおいに歓迎されました。感覚と自然への愛、哀れみ等が重要視されました。ゲーンズボローの自然なポーズの肖像画や、ロンドンの公園のあまり剪定などしないのびのびと枝を伸ばした木々に、今も見ることが出来ます。しかし、革命そのものがやってこられては困るので、政府はヨーロッパ大陸への旅行を禁止しました。その時に英国人は自国の美をみつけますが、今一番人気ある景勝地の湖水地方もそのひとつです。

19世紀の英国は多くの画家を生みました。ターナーの晩年のもやのかかったような、色だけで表現しているような風景画は印象派に引き継がれ、コンスタブルの実際に見ながら描いた空や、水の流れや、木々の表現などは特にドラクロアをびっくりさせ、ラファエロ前派もフランスで人気を得ました。
今日、英国の美術館やマナーハウスへ行きますと、フランス革命時に、どさくさに紛れて美術商がどんどん買ってきた絵や工芸品があり、バッキンガム宮殿の夏季オープン時にも探せます。又ルーブルへ行きますと、17世紀英国の清教徒革命の際、売りに出された絵が回りまわってきたのではないか?と思われるバン・ダイクのチャールズ一世〔1649年、共和制政府により処刑)の肖像画や、それより約百年前の国王ヘンリー・の宮廷画家だったホルバインの絵などがあり興味深いです。

さて、今や英仏海峡トンネルが1994年に開通し、2時間35分でユーロスターで行けるようになりました。これのお陰でイギリス人の島国根性は薄まり、フランスへの移住がどんどん増えています。イギリスの食べ物はおいしくなってきており、紅茶人口は減りコーヒー党が激増する等、これからも大きく変化してゆくでしょう。パリのポンピドー・センターは英国人のRichard Rogersの設計でしたが、2004年12月完成の南仏のMillau高架橋も、英国人Norman Fosterのデザインです。優雅にカーブしていますが、これは実利的な理由ではなく、橋を通っている人が、現在通過中の橋を見ることが出来るようにという意図だそうで、とてもすてきだと思います。

天気が良いとフランスから、イギリスの白い岸壁が見えます。2005年もきっと沢山の英仏交流があるでしょう。パリガイド協会の皆様に、新年のご挨拶を送ります。

2005年 1月3日  ロンドンにて

稲垣 由美子    

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2007年02月04日 19:45に投稿されたエントリーのページです。

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