
ビクトリア・アンド・アルバート美術館は、膨大なキルトの収集品があるのですが、やっと3月20日から美術館初めてのキルト展が開催されました。1700年代から現代までの作品、70点以上が展示されていて、内外から注目を集めていて、前評判も高く、私も楽しみにしていました。実際に行ってみますと、ひとつひとつのキルトに含まれている内容の重さに圧倒される思いでした。絵画と違い、実際着ていた服などが素材として使われ、又作った人々の心、布を集めたり縫ったりするという時間や動き、背景にある時代や政治状況など、布という全く日常的な素材を介して表現されていて、芸術家ではなく、普通の人々が作ったもので、想像すればする程、生なましくて、人間っぽくて、ぞくっときました。
パッチワークというのは、言葉どおりの継ぎ合わせですから、昔は貧しい人々は、服が擦り切れると、使える部分を切り取って、つぎはぎして、布団を作ったりしていましたが、彼らの作ったものは、布が摩耗してしまって、古いものは全く残っていないそうです。今回展示してある1700年代のものは、絹の服の再利用だったり、全く新しい布を使って、当時大流行のインドからの更紗(チンツ)を使ったりしたもので、中流以上の婦人の作品やプロの作品のようです。あまりにもインドの更紗が売れて、英国製布が売れないので、1720年から1774年までは輸入禁止となったそう。それで、イギリス製のプリント布が発展したが、上のパッチワークもイギリス製の布。

これは、1700年位のパッチワークの裏側。新聞紙は型紙だそうだが、200年間に修繕して代々使われきたのが分かって、縫い目を見ると、部分によって縫い方が違っていて、どんな人が関わってきたのかと考えると、色々と想像が湧きます。今回の展覧会は、社会的、感情的、歴史的にキルトを分析していて、とても興味深いのですが、私が惹かれたキルトを、少しだけご紹介したいと思います。

cover, 1863-1877, Francis Bailey,238,7x238,7 cm
このキルトは、1864年から77年にかけて、軍人さんが作ったものです。作者のフランシス・ベイリーは、インドに派遣されましたが、戦闘もなく、暑くて、精神的にかなり参っていた時に作ったそうです。小さな六角形の布は直径1.5cmという細かな仕事で、布は軍服のメルトン・ウール。軍部は、軍人が暇になると酒を飲んだり、良くないことをしでかすので、積極的にキルト制作を奨励したそうですが、銃からキルトというのは、平和的で良いですね。それにしても、この凝りようは、男性的といえるかもしれません。

coverlet, The Changi Girl Guide Group, 1943, 188x 96 cm
日本がシンガポールを占領した時にチェンギ刑務所に収容されていた、英国人の8歳から16歳の少女が、ガール・スカウトを内緒で作って、看守の目を盗んで作ったキルトです。当時の夏のドレスの布を使っており、自分達の名前も刺繍してあり、突然の占領で自由を失った少女達の夢や希望が込められているようで、見ていて切なくなるキルトでした。

coverlet, Griselda Lewis, late 1940s, 238x239 cm
このキルトが私が1番欲しいなと思ったキルト。戦後すぐの作品で、黒のバックグラウンドとなる布は、戦争中に、夜間に光を漏らさないように使った遮光カーテンからで、柄となる布は布地見本のスワッッチや、古いドレスやシャツから。裏地は赤十字の食糧援助に使う袋の布からと、まったく最低限の原料から作った作品なのですが、戦争が終わった喜びと、色や感情をのびのび使える自由さにあふれているように思います。「クラフト・ハンドブック」という雑誌の編集者だった作者のセンスの感じられる、ものすごくモダンなキルトでした。彼女の最初にして最後の作品だそう。


Liberty Jack, Janey Forgan, 2008, 165x160 cm
リバテイ・ジャック Liberty Jack という作品。1960年以降のロンドンのリバテー・デパートのリバテイ・プリントを使って、英国旗である「ユニオン・ジャック」を模ってパッチワークにしてあります。小さな柄が点描画のように微妙な色のハーモニーを作っています。本来のユニオン・ジャックは、3色ですが、2009年制作の作者の意図は、「私たちは、赤、青と白だけのイギリスではない」という事だそうで、多人種国家となっている、イギリスを現わしているそうです。それから、「リバテイ」は「自由、解放」という意味なので、その意味も込められているのではと、思います。

Memoriam, Michele Walker, 236x144 cm
実はこの作品が最も心に残りました。金属ワイヤー綿を、クレージー・キルトの方法で透明プラスチックに作者の肌の型押しをしたもので綴じ合わせたものです。作者の母親はアルツハイマーにかかり、何でも忘れてしまうのですが、日常の全く意味のないことに執着して、椅子に座っては自分の髪を捩じりじっとしていたそうです。この作品は、本来なら暖かく安全であるキルトを、金属ワイヤにして、冷たくて、空気に科学反応して崩壊してゆく、もろいものとして、又美しい布をパッチワークにするところを、自分の肌の型押しにして、逃げるに逃げれない自己と、老いてゆく変容を現わし、周りのワイヤは捩れて、意味のない髪の毛をよじる行為を見せているそうです。自分自身もだんだんと老いていっており、この現実直視の「思い出」という作品は、怖い作品でした。
展覧会は7月4日まであります。テキスタイルに興味のある方は是非訪れて頂きたい展覧会です。
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